2015/02/08

still grow

背を向けてしまって、まったく違うものを見ている人々もいれば

向かい合って同じものを見ている人々もいる。


ここで言う「もの」はリンゴでも著書でもいいし、イデオロギーでもいいのだけど

僕がもっともっと若かった頃は特に、

後者の場合は同じものを見ているのだから、当然相手も同じ形で見えているのだろうと思っていた。



同じものを見ているはずなのに、そこになんらかの違和感を感じることはりんごの裏側の形まで捉えきれていないということ。

それを捉えきれていない人は、いい歳をした大人も含めてあきれる程に多く、

物事を断片的に判断したり、トリミングした情報をさらに薄い価値観の色眼鏡で見たりもする。

もっとも、それに気付いて観察の仕方と捉え方を覚え始めたのは、僕が最も多感な時期だったのだけど。

美術を学ぶことは、りんごの裏側を観察して自分や他者の価値を見いだすということなのだと思う。



それは僕らを覆う淡々とした社会生活の中ではなかなか見いだすことはできない。

ときに煌びやかでときに汚くあり、一流と定義されるものから路上の音楽や落書きまで、

実際に行ってみたり歩いたり、読んだり見たり籠ったりしながら、ときに離れてみたり近寄ってみたり、嫌いになったり好きになったりしながら、

ときにそれをアウトプットすることで自己と向き合い、それを評価されたりすることでようやく形は捉えられる。

形というとすぐにアウトラインを追う人が多いがそうではではなく、落ちる陰やマテリアルやディテールを追うのである。

谷崎の陰影礼賛を読んだのはまだ高校生の頃だったので、ぼんやりとした理解しかしていなかったが、今ではそれも捉えることができるようになってきた。

読み取ることや、理解することは誰でもできるが重要なのは第六感であり、最も本能的なものだと思う。

手に入れた感覚をまだ発芽の状態と思い、それを一生をかけて育んでいけたらと思う。





2014/12/29

Five-dimensional space to 2015



















デザインを携わったお店が渋谷の神山町にオープンしました。



《CAMELBACK sandwich&espresso》

http://www.camelback.tokyo












美味しいエスプレッソとサンドウィッチが食べられるお店です。



このエリアは僕も凄く好きな場所のひとつで、ここにお店ができることは大変嬉しく思います。
















ずっとずっと見たかったんだけど、制作で見れていなかった映画をようやく見てきました。

しかもアナログとIMAXで計二回。


過去の名作から駄作はもちろんだけど、毎年SF映画は必ず全てチェックしている僕ですから、

今年のこれだけはどうしても見たくてずっとソワソワしながら制作していました。




なかなかいいリズムでエンジンの点火まで進み、エンジンを切り離す映像のところで涙が出た。

それと、ブラックホールや特異点、五次元の表現には驚いた。

いままでのSFの映像でワームホールを恐らく正確に表現したのは多分この映画だけだろうなぁ。

そのへんのビジュアルとか表現に関しては、もうたどり着けない次元にきているなぁって印象。

好きな映画のトップ5に入ったかも。




ただ、いつものことだけど、これは日本の配給会社のせいなんだろうけど(劇場のポスター含め)、

どこか親子愛をテーマにした映画に捉えられてそうな印象はあったかなぁ。

特に日本はSF未発達国なので余計にその可能性は考えられるかな。

良くも悪くも、ダークナイトがガラガラでポニョが満席になる国だし。

もちろんアメコミの日本での人気の無さを踏まえたとしてもねぇ、、



話しがそれたが、今回の映画に関しては有無を言わさない程の完成度。

悪いところを強いて挙げるとすると、IMAXの方がクソみたいに音量が大きかったくらいかなぁw












最近、気付くと年の瀬になっています。

スピード感というか、季節の巡る早さは歳を取った証拠なんじゃないかと感じ、

これはちょっとまずいなぁ、なんて思いながら日々を過ごしております。




一体今年は、どれだけのことができるようになって、


何を得て、


そしてなにを失ったのか。





2014/12/28

found its way to


先日、友人の個展を見るために秋野不矩美術館へ言ってきました。
美術館は二回目の訪問です。設計は言わずもがな、藤森照信です。



絵はいい空間にあるとまた魅力を益して見えてきます。


仕上げの白の深みもさることながら、そのマテリアルから、


照明の光度や照度も総てそれに影響してきます。


その点、美術館は展示室の緊張感と安心感の ベクトルが絶妙でありたいへん心地がよい。


友人の絵は二階の展示室だったので、この空間とはまた別の空間なのだが、、


本人は照明が気に入っていなかったみたいで、確かにそれは言えていると納得した。





同期や同世代が作った作品や広告やCMや空間やプロダクトが世に出てくることが多くなってきている。

作家も名前を見る人も増えてきて、お尻を叩かれるように彼らに刺激をもらう。


同じ時代を生きている者同士、できるだけ共有し変化を感じていたい。





川島優   《Déjà vu》 2014年 223×179cm











以前、秋野不矩美術館に来たときは時間が無くて行けなかったので、その後ねむの木美術館にも行きました。
僕の藝大の友人で静岡出身の友達が居るのだが、前に秋野不矩美術館に行ったことをを伝えると彼が
「ねむの木の方がいい」と言うので、少し気になっていたのもある。
皮肉かな、圧倒的な技術の友人の個展をみたあとだったこともあり、ここの展示がそれを食ってしまっているようにも感じた。
同時に知らず知らずのうちに掛けられていたフィルターが透過して洗われるような感覚だった。
焦れったい動線を通って自動ドアを抜けたところの、展示室の入り口に並ぶポスターを見て、
オランダのデザイナーかなんかが書いたイラストだと思って(ローマ字が使われていたせいもあるだろうけど)、斜に構えていた自分がいた。
平等に評価したわけではなく、おそらくそこには煩悩というか、ぼくの色眼鏡が存在していたのである。
ちょうど先日、友人と第二芸術論について慶應義塾で喋った あとだったし、
THE ART SPIRITを読み直してみたり、EXIT THROUGH THE GIFTSHOPを見直したところだったので、
またもや芸術について考えさせられる事態になったのは言うまでもなく...





同時に、僕の中で好きな美術館が一つ増えたこともまた事実である。 

2014/12/16

Rain a little after four in the afternoon





後悔という言葉自体は基本的に好きではないが

唯一後悔していることがあったりもする。


2014/12/10

I have never seen it.




昨日の夜に通ったときはそのままで、

次の日の朝になると変わっていたりする。

センスのいいグラフティが多いからいつも気になっていたのだけど

描いているところは初めて見た。


2014/11/26

The any of Us









他人からみると、恐ろしくどうでもいい。



「記憶」なんてだいたいそんなもの。



2014/11/23

NEO TOKYO





未来の僕らの生活はどうなっているか。


流れてゆく人の群衆を見ると、無意識の中でそんなことを思う。


進化と共に起こりうるディストピアに絶望したり、


反対にどうでもいいことが可笑しかったりして、また希望を持ったりの繰り返し。


僕がそれに対して絶望したり希望を持ってみたところで、あるべき未来は変わらないのだろうけど。